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4匹勢ぞろい!!

     
全員集合

     パトが来る前にいた4匹の子たち。

向かって左から、
  オブ子ママ→オブ子ママの息子プッペちゃん♂、
→ステファン♂呼び名(チュテ坊又はチュテパン)
→ステファンの異母兄弟エミール♂(呼び名エミコちゃん
男の子なのに女の子みたいだし絶世の美女だから、ん?)

今、切実に思うことは、
      この時代にタイムスリップしたい。
   パトは1人っ子だったので溺愛したけど、
この4匹がいる時期は、外でバリバリキャリアウーマンしていたので、
        接する時間が少なかった。
  

  今なら思いっきり可愛がることができるので、
   1日いいえ1時間でもいい、会いたい!
       会ったら先ず謝りたい。
   「いっぱい遊んであげられなくてごめんね」と。
そして、
ボールなどでいっぱい遊び、ドッグランへ行って思いっきり
    走らせいっぱいいっぱい可愛がってあげたい。

     パトをいっぱい可愛がったように・・・

  オブ子ママは無類の甘ったれで、膝の上によく乗って来たっけ。
        大人しい女の子だった。
ある日家出をして?車を3~4台止めていたことがあったっけ。

    プッペちゃんは私だけに懐いていた子でお散歩行くと
  必ず大きな石を銜えて帰って来たっけ。だから家は石ころだらけ。
     (記念に今でも一部箱の中にとってある)
1人でおもちゃで遊べる子、そしておもちゃの名前を
     20個位覚えていた頭脳派。

    チュテパンは無類の食いしん坊。
私が見ているとおもちゃで遊んでいるけど、見てないと「見て!」と、
   「オイオイ」してとっても無邪気で大きな子(7.2kg)
      あれは忘れもしない笑っちゃう出来事。
  ボウルいっぱいに作ったポテトサラダがない。
           犯人はすぐ割れた。
先ず、イスに昇って、そこからテーブルに乗るなんてワザが
    出来るのはチュテパンしかいないから。
あ~!ダレ~!と言ったら私の顔を横目で見ながら
          ソロリソロリといずこへ。

ラストのエミコ嬢?は何にも遊ばない子でキョロキョロ
    していているだけで猫ちゃんみたいな子。
いつぞや、J:COMでアニマルプラネットに出演したことがあった。
やっぱり、絶世の美女所以かしら(オティンティンがついた女の子)・・・
       これが私一流のコンセプト!でごり押しした件。
10歳ごろから怒りん坊になってしまったけど、晩年はボケてしまった。

           庭の梅の木が咲き誇って
梅の木

           花瓶に挿した
梅の花花瓶

あれは、
パトの49日の法要の日1月20日のこと。
お花屋さんでお花を買って花瓶に挿しました。

  今日は2月18日、あれから1か月経つというのに
   枯れないで、買ってきたまんま咲いている。
        これってなんだろう?
見えない力が働いているんだろうか、パトのパワーがそこにあって
   枯れないよう「気」を放出しているのだろうか・・・

     
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最愛のパト2世を迎えました!!

  去年の12月3日に肺腺癌で12歳と言う若さで亡くなったことは
        既に記事に上げました。

    以前からパトの既成事実をどうしても諦め切れない私は、
        考えられるだけのアルゴリズムをあげ、
「パトはこの家に居るんだ」と、妄想でもいい、納得できる方法を
          ずっと考えてきました。

        そして、パトが蘇りました
        
       生まれてちょうど2か月のパトです。
パト撮りなおし3

パト8

パト9



パト2か月1


パト2か月3

  パトが天国へ旅行に行って丁度2か月経ちました。
私は家族などいない時間帯を見計らって、パトの再生に
     せっせと力を注いできました。

   パトの生まれ変わりです。生後2か月経ちました。
   抱っこして、いろいろ話し掛けたりしています。

私がパト2世を作っているのを知らない息子たちは、
    パトがソファにいるのを見て、
  「いや、もうびっくりした!ホントにびっくりした!」
     「新しい子が来たかと思った!」
      「一瞬パトかと思っちゃった!」

そうです!びっくりさせようと、1か月間内緒で作っていたんですから。

  パトが蘇ったので抱っこしてコミュニケーションを取っていると、
     実際パトと触れ合っている感覚になり、
 「パト!可愛いね!おちゃんぽ行こうか」
「パァちゃんこが大好きなチージュ、ウマウマしようね」
などと接している時はとっても幸せな気持ちになったり、
      癒される自分がいる。

しかし、
    これはあくまでもフェイクの世界。
現実の世界に戻ると、愛らしいパトの写真が目に入る。
     すると涙が止まらない。

  パトは9年間一度も怒った事がなかった。
3か月~4か月に1度、ワン!と1回吠えるだけだった。
だから、お散歩などに連れて行かなかったら近所の人は
我が家にワンちゃんがいることを知らなかったでしょう。

  一番は、寂しいから悲しいのではない。
異変に早く見つけてあげられなかったのが原因で
     命を縮めてしまったこと。
私の不注意と親としての責任感のなさでパトを苦しませてしまったこと。
  寂しがり屋のパトが入院しているのにお見舞いにも行けず、
     どんなに寂しかったことでしょうと言う反省。
そして、
肺腺癌と言う最も苦しい病気に罹ってしまってく苦しい思いを
   させてしまったと言う、反省と後悔。

これだけは、いくらパトに謝っても許されることではないと、
  毎日毎日「ごめんね」ばかりを言い続けています。

2月3日はパトの月命日。
パトが大好きだった食べ物をお供えし、お線香とローソクで、
    パトといろいろお話しました。

 パトが我が家に来てくれた時の喜び、
パトのおかげでとっても幸せに暮らすことが出来た、
   今まで本当にありがとう!
毎日パトにお礼と感謝の気持ちを伝えています。
パト2世がいるので、この子をパトだと思って可愛がっています。

私が「パトをカートに乗せてお散歩行ってこようかな」と、
息子たちに言ったら、
「認知症に罹ったのかなと誤解されかねない」と。
 誰に何言われても構わない、Going My WaY が私のモットー。
自分の気持ちに正直に生きる・・・いつかパトとお散歩に行こうと思う。

  最後までお読みいただきましてありがとうございました!


      
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パトの四十九日法要を行いました。

  先月12月3日、最愛のパトが亡くなってから49日経ちました。
        昨日まで毎日陰膳をあげていたのですが、
   今日から「虹の橋」から「あの世に旅立ち成仏する日」の、
         四十九日法要を行いました。
  パトアップ

     
    慈恵院の個別納骨室に眠っていた4匹の先住犬たち、
        全員を我が家に連れ帰りました。
   エミールの骨壺カバー(シルバー)以外私の手作りです。
全員集まって

  
   パトが、一番好きだったワンワンが右上に置きました
         (リメイクし過ぎかな)
ワンワンと


   現在住んでいるこの家は、パト以外初めて見るお家ね。
   それで4匹に、この家に移った経緯を話し、
      パトがこの家で育ったことを紹介。、
しかし、苦しい病魔に襲われ奇しくも12歳と言う若さで、
   皆の仲間入りしてしまったことを話し聞かせました。

    これで5匹全員一堂に会したことになります。
      これ以上増えることはありません。

   オブちゃん、オブちゃんの一人息子のプッペちゃん、
     そしてエミールと異母兄弟のステファン。
  最後に3才のパトを我が家の子として迎えました。

未だにパトのことは諦めきれず毎日涙にくれる日々が続いています。
   こんなに悲しく苦しんだのは御年○○年初めてです。

   家から遠く離れた知らない病院に一人きりで入院させ、
 そこですることは注射漬け、レントゲン、胸に針を刺して水を
    抜かれたり・・・嫌なことばかりさせてしまい、
 ママたちがお見舞いにも来てくれなく、どんなに寂しい思いを
    させてしまったことでしょう。
  その事を考えると心が苦しくて苦しくて何度パト
       に謝っても謝りきれない。
健康な子でも入院しているだけでストレスが溜まると聞く。
特にパトは9年間一度も一人で泊まったことがなかったので、
  どんなに心身共に虚しく苦しく寂しかったことでしょう。

  パト!ごめんね。本当にママは大バカだった!
 反省と後悔ばかりの毎日でほんとにダメな親だったと自分の
        頭を叩いています。
   バカ!バカ!バチあたりメが!と。
   
    パトを諦め切れない私は、
現在、パトを再生すべく苦心している最中です。
  その日が来ましたら紹介しようと思っています。

皆さま、どうかお風邪などひかないようお気を付け下さいませね。

    
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パト葬儀模様とパトへの想い。

         
         パトは最後の子。

私はパトを迎えてから「我が家で飼う最後の子」として決めていた。
    それは私は皆さまからみて信じられない年齢。
いつ逝ってもおかしくないお年頃、私が先に逝ったら残された子は
どうなる?わたしのことだから愛情いっぱい注ぐことになると、
    私の死後同じように育ててくれる人はいません。
  と言って、保護された犬の預かりママもできません。
何故なら、その子が可愛くなってしまって手放せなくなる性格だから。
  

       最愛のパトが永眠して3週間以上経ちました。
手帳にはパトが我が家の子になった平成21年7月18日から、
          ずっと書き記してある。

   毎日のように「こんなことがあった・・・すごく可愛い!と。
  パトが来てくれた時はエミールが亡くなってポッカリ心に
            穴が開いてしまった時だった。
49日経った2か月後に、3歳だったパトが我が家の子になった時は、
  嬉しくって嬉しくってしょうがなかったことを思い出される。

あれから9年・・・
12歳でこんなことになってしまうなんて想像さえつかなかった。
         そして涙、涙にくれる毎日。

      先住犬4匹眠っている府中の慈恵院で、
         立ち合い葬儀を行った。
慈恵院で

お坊さんが法話をして下さった。
「これからはパトちゃんの思い出話をしたり、遊んでいたおもちゃを
遺品としてだいじに保管したりすることが最愛のパトちゃんの
         供養になるのです」
     と言うお言葉をいただきました。

  そのお話を聞いて涙がドッと溢れて止まりませんでした。
 そして、1時間の火葬を待って、変りはてはパトの遺骨を
     見た時は、ショックで気を失いかけました。
「パトがこんな姿になってしまうなんて嫌!嫌!!」認めたくない!

それまでは、4匹いたので、亡くなっても One of them で、
他の子のお世話もあるし、今のように自宅で仕事をせず、
 外でバリバリ会社のオーナーをしていた関係で、
   悲しみは今回のようなダメージはなかった。
 パトは1人っ子なので、パトだけに愛情を注いてきた。
これが今回の精神的ダメージが大きかったのが原因です。

この10年以上、自宅でネットショップをしているので1日中パトに
     接していているし、どこ行くにも一緒だった。
朝起きて寝るまで24時間いつも私の足元かソファ、コタツに
入ればパトも潜り込んでくる、キッチンにいれば近くにいるし、
   トイレまで付いてくる究極のストーカーだった。

    パトが我が家の子になった時から
「いい犬生だった」と思ってもらえるように私はいっぱいいっぱい
       愛情を注いできた。
毎日
    「パト、お家に子になってよかった?」
    「おうちの子になってくれてありがとう」と
     毎日言っていたことが思い出させる。

世界広せど毎日毎日欠かさず言っている人ってそうは
      ザラにはいないと思う。
だから同じ飼い主でも私は異常と思えるほどパトファーストに
        徹底していた。

信じられない病魔に侵され、一番苦しい苦しい肺腺癌になるなんて
      誰が予想できるでしょうか。

パトはこんなに愛されているんだから長生きするものだと思い込んでいた。
最後の最後まで苦しませてしまった私はその罪深さに苦しんでいる。

知り合いのワン友がワンを連れて我が家に来てくれた。
私がいっぱいお顔など撫でて「可愛い!可愛い!」と言うと、
        ヒィヒィ言って喜んでくれる。
        その時はとっても癒される。
私はパトに限らず犬が大々好き。猫ちゃんも大好き、動物大好き人間。
人間は知恵があるからそこには邪がある、動物にはそれがない。
         だから純粋なのだ。
 人間より動物の方が好きだ・・・こう言うとすぐ人格を疑うと言う
人がいるが、何と思われても平気。事実だしキレイ事は言わない主義。
    自分の心を正直に表すと、とっても楽です。
       しかし、傷つける言動はしません。

人間には今まで計り知れない裏切り、中傷誹謗、悪意をもって
     精神を破壊されたことが多々あった。
幸い病気にはならなかったのは、強く強くなるよう精神を鍛え抜いたから。
会社を経営していた頃は、タバコは吸うは、アルコールは
浴びるほど飲み睡眠時間は4~5時間のスーパー不摂生の
       生活の代名詞だった。
しかし、
免疫力が強いためか若いころ虫垂炎になっただけで、
     その他1度も病気になった事がないことと、
健康診断では、全て正常値、血管年齢は実年齢より30歳
        数値が若いと言うこと。
Drは、長年医者やっているが、こんな人初めてだと驚いている。

横道反れて失礼!
 最近パトが遠い所に行ってしまったような錯覚を起こします。
   もう何か月も前の悲劇のような気がするのは何故だろう。

その反面、
いつもの習慣でお料理作っていても「パトのを残しておかないと」
外出から帰って来ると、駐車場から見える(私の部屋から覗いている)
    パトの姿を見るのが習慣だったので、つい見てしまう。

冬は広場で(車など絶対入って来れない)毎日のように、私は運動、
    パトは冒険、呼ぶと元気よく走り寄ってきた。
そしてタオルを敷いておやつを食べたりして陽をいっぱい浴びて、
幸せだった日のことなど脳裏に焼き付いて離れない。
     カートに乗った後ろ姿が可愛くって。
カートを知り合いに上げようかと思ったけど息子が遺品として
残しておいた方がいいと言うので、まだ玄関に立ててある。

履いている私のスリッパを脱がしたり、PCをしている椅子のクッションを
   銜えてずり落とそうとしたり・・・お茶目だったパト。
ワンワン(ぬいぐるみ)が大好きで、ポ~んと投げると銜えて
      持ってきたものだった。

あげたらキリがないけどすべてが蘇ってきて涙にくれるばかり。
    吠えるということがほとんどなかったパト。
次男が「今までパトが吠えた声聞いたことなかった」と言った。

今では、最愛のパトが蘇ってくるのを待ち続けています。
来る日も来る日も毎日毎日パトのことばかり考えて涙が、
  これ以上出るのかと思うほど止め止めなく流れ、
     ペットロスになっています。
  私自身どうしたらいいのか悩んでいます。

  パトの遺骨カバーは私の手作り、最後のパト孝行です。
パトお花で飾って

            
        パトへの陰膳(49日までお供えします)
パトの陰膳


      パトのトイレ、そのまま置いてある。
パトのトイレ


   パトロード・・・パトが私がいるPCへ行くためのカーペット。
  そしていつも寝んねしていたカドラーを今でも置いてある。
パトロード

パトの悲しみが「思い出に変わるまで」何年かかるかしら。
     永遠に変わらないような気がする


最後まで拙いブログをお読みいただきましてありがとうございます。
    これを持ってパトのブログを終了します。
今まで長い間お世話なりましたこと、感謝でいっぱいです。

★私から皆様にお願いがあります。
ほんの少しでも「ちょっと変」だと思ったらすぐに病院へ連れて行って
      あげてくださいね。
そして、必ずセコンドオピニオンに相談することをお勧めします。

私のように気が付いても元気だから大丈夫と言う過信は
     後々大後悔することになりますので。
  早期発見早期治療は勿論のこと、深い愛情が
        元気で長生きする秘訣です。
では、これからは皆さまのブログを訪問させていただきます。
    読んだらポチ!して帰りますね。

      実は今、ある計画を立てています。
     変化があったら、お知らせいたします。



    
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最愛のパトが力尽きて・・・第一弾

 
このブログを書くまで、いいえ今でも心の整理がつかないまま、
     パトの闘病生活の記録とパトへの思いを綴って
         後世残すために書きました。

こうして書いていても、涙、涙、涙で中々先に進まない。

あれは、12月3日午前2時10分の出来事。
      酸素室で口を開けてハァハァと。
あ~もうダメか!私の顔を見て頻繁に「お手」と「おかわり」
         をしている。
   満身創痍の状態にもかかわらず、この行為は
「ママ!苦しい!助けて!ここから出して!」と言っているのです。

  わたしの精神状態は尋常ではない、心臓バクバクだ。
もう終わりが近づいていると言うことがヒシヒシと伝わる。
     酸素室に2つの窓がある。
そこから腕にタオルを巻いて(酸素濃度を下げないため隙間を作らない)
    その窓から両手を入れて思いっきりパトを撫でて
 「パト!パト!!苦しいの?ごめんね!」を繰り返すしかない。
外へ出してあげたい!出したら余計に苦しくなるだけ。
  どうすることもできなく、悔しくて歯がゆい思いでいっぱい。
こんなにパトが苦しんでいるのに何もしてあげられない自分に
     腹立たしく、情けなくて仕方なかった。
      もう、ガンバレなんて言わない!

     12月2日PM 5時30分 酸素室でで私に助けを求めている。
           「ママ!助けて!!」
 2018.12月2日17時30分酸素室で

     12月2日PM 8時45分 この5時間後にパトは帰らぬ子に。
2018.12月2日20時45分酸素室で
 
そして後ろ向きになってしゃがんだ2~3分後息絶えた。
        パニくった私は息子たちを呼んた。
   酸素室のドアを開けて「パト!パト!パト!!」と、
もう既に息絶えてはいる中でお口をパク、パク、パクと3回開けた。
 もう気が狂わんばかりの悲しみで、自分自身を失いかけた。
酸素室へ入って12日間、1度も抱っこできなく、こんな最悪の状態で
  ようやく抱っこすることができるなんて、何と惨酷なことか。
こんな時でも抱っこして慰めいたわることができないもどかしさに、
    この病気の恐ろしさをどんなに憎んだことか。

  パトお花に囲まれて


長いこと生きてきて、こんな大きく深い悲しみは初めてだ。
  ガンの中で一番苦しく亡くなるのは肺ガンだそう。
傷みではなく、水に溺れている感覚が死ぬまで続く苦しみだそうだ。

     思えばその兆候は9月半ば頃からあった。
咳を咳という認識にさせられたのは、10月24日病院へ行ってから判明。

パトが完治することはできないことがわかっていながらも、
 飼い主のエゴで極限状態まで生かさせてしまった。
こんなに苦しんでいるのに生き長させた罪は重すぎる。
パトにとっては一刻も早く楽になりたかったんだと思うと、
  自分自身は何と罪深く、取り返しがつかないことを
してしまったと、苦しくて悲しくて毎日泣いてばかり。

パトにはいくら謝っても謝りきれない、「ごめんね」は何百回何千回
  言っても足りるわけがないし許されることではない。
そして反省と悲しみで心がパンクするくらい苦しんで苦しみ続けた。

パトがあんなに苦しんで逝ったのだから、わたしもいっぱい
         苦しんで死ぬべきだと思った。
   罪を償うには私はどうしたらいいのだろうか。

パトが帰らぬ子となって半月以上経つがパトの死は受け入れ
   られないし、認められない、認めたくない。

想えば自宅近くの病院(Drと看護師が15人ほどいる大手)へ
     初めて行ったのが、10月24日。
その日から毎日エコーを見ながら胸水を抜く治療を施された。
X線検査の結果、
●播種性血管内凝固(DIC=血が固まりにくい=出血しやすい」
●全身性炎症反応症候群(SIRS=多機能不全)
と言うことで3種の抗生剤を注射と服用の両方で治療。
そして胸腔内の細胞診断では、
腫瘍細胞の出現で、
肺の腫瘍として
1、肺がん
2、転移性の腫瘍
3、悪性中皮腫
  一番疑わしいのは3番目と言うことで、その抗生剤tと、
    胸水を抜くことしかできないと言うことだが、
     もう手の施しようがないのでと言われ、
       安楽死を遠回しに宣告された。

  パトを自宅に連れた帰って、家族会議をした結果、
長男が「納得いくまで治療してみよう」「あがいてみよう」
と言ってネットでガン専門医を見つけたから、そこでダメなら
   諦めようと言うことで遠く離れた病院で診察。
     問診している途中に看護師さんが、
「酸素室に入れます」と言ってパトを抱き上げ酸素室へ。

11月22日~28日までガン治療のため、転院してそのまま入院。

    この後、パトは先住犬が4匹眠っている府中の慈恵院で
          立ち合い葬儀を行った。
   その葬儀の模様は後日記事を上げます。

      
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いくつになったの

プロフィール

ゆずナベ

Author:ゆずナベ
プロフィール
名前:パトリック
住所:東京都
誕生日:2006年7月30日
性別:男の子
性格:お茶目ん坊
好きな人:ママと大兄たん
クセ:ママ&お兄たんのお手手を舐める
   嬉しいと体が震える

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先代のプロフィール

エミール
名前 エミール
住所 東京都
94/7/15~09/5/21
享年 14才10ヶ月
性別 女の子のような男の子
【エミールの記事は】
下記の{月別アーカイブ}
2009/01~2009/06迄掲載

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